第3章 呼び覚まされる往の記憶
床板に二人並んで胡座をかき待っていると、茶盆を手にした先程の少女が二人の前に座し、着物の袂をを片手で押さえ、流れるような所作で茶托に載せた湯呑みを二人の前に置いた。
「こいつぁ、ありがてぇ。なんてったって、智坊の煎れた茶ときたら、滅多にご相伴に預かれねぇ程値の張る酒より美味ぇからな」
「ふふ、松本の旦那はいつもお口が上手ですね」
大袈裟過ぎる賛辞に丁寧に言葉を返しながら、少女少女は口元を袂で隠し、くすくすと笑う。
そしてちらりと潤の方に視線を向けると、少しだけ小首を傾げ、「こちらの方は?」と昌弘に問いかけた。
昌弘は口元まで運びかけた湯呑みを茶托に戻し、一つ咳払いをてから、「おっといけねぇ…」と始めた。
「こいつぁ〝潤〟って言って、俺の倅で…そうだなぁ、歳の頃は智坊と同じくらいだったかな…」
そう言って、昌弘は潤の背中をばんっと、無骨な手で叩いた。
そして、頭を下げろとばかりに潤の頭を鷲掴みにした。
「まあ、そうでしたか。私は智。以後お見知り置きを…」
智が三指を着いて頭を下げ、それにつられるように潤も頭を下げる。
その時、庭先の方で下駄の音がして…
「お師匠さんがお戻りのようですね」
顔を上げた智は、まるで子犬の如く土間へと駆けて行った。