第3章 呼び覚まされる往の記憶
翌日、昌弘は潤を連れ、馴染みの彫り師の元へと向かった。
昌弘が潤を連れて訪れたのは初めてのことで、潤はそう大して大きくもない門扉を前に、少しばかり緊張した面持ちだった。
「いいかあ、潤。この門を潜ったらもう後には退けねぇからな」
「分かってるよ」
潤はすっと息を吸い込むと、自らの手で門扉を押し開いた。
すると、決して広くはない庭先で、蝶を追いかける少女と目が合った。
少女は一瞬小首を傾げたが、続いて門を潜った昌弘の顔を見るなり、下駄をからころと鳴らし、昌弘の元へと駆け寄った。
「これはこれは、松本の旦那。随分とお久しゅうございますね」
少女は束ねた長い髪を揺らし、昌弘に向かって頭を下げた。
「翔の兄貴はおいでかい?」
「生憎お師匠さんは買い付けに出ていて…。でも直に戻ると思うので、どうぞ中でお待ちを」
「悪ぃな、そうさせて貰うよ」
心底申し訳けなさそうな顔をしながら、少女はこじんまりとした屋敷の中へと促した。
慣れた様子の昌弘の後を着いて、潤も屋敷の中へと足を踏み入れる。
土間で草履を脱ぐと、すかさず少女は二人分の草履を揃え、竈(かまど)の前に立ち、湯を沸かし始めた。
「今お茶を煎れますから…」
少女はそう言い、柔らかな笑みを浮かべる。
潤は、何故だか少女から目が離せなくなり、その場に立ち尽くしてしまった。