第10章 花脣なぞる指先に、彼の人の玉脣を想う
智が尋ねたかったのはただ一つ…
「お師匠さん…翔さんはお達者で…?」
お上から受けた命とはいえ、離れて暮らすようになってからそろそろ一月が経とうとしているのに、文一つ寄越さない翔のことだけだ。
「そうだねぇ、元気にはしてるよ」
「そうですか、それは良かった…」
翔の無事を知り、安堵の溜息を漏らす智だったが、その表情はすぐに一変する。
「元気にはしてるが、ここ数日はずいぶと暗い顔をするようになってね…」
「え…? どこかお身体の具合でも…」
今にも掴みかかる勢いで身を乗り出した智の目が、俄に滲み始めた涙て潤む。
「いやいや、智殿…てしたかな、そなたが案ずるようなことは何も…」
「本当…に?」
「ああ、本当ですよ」
「良かった…」
安堵はしたものの、一瞬で張り詰めてしまった糸はそう簡単に切れるわけでもなく…
溜まっていた涙は、静かに智の柔らかな頬を濡らした。
その様子に、男は何やら納得したようなに頷く。
「漸く分かったよ、櫻井殿が何故あのような暗い顔を時折見せていたのか…」
「え…?」
「其方のことを思うていたんだろうな」
「私を…でございますか?」
思いもかけない言葉に目を丸くすると、智は涙で濡れた頬を赤く染めた。