第10章 花脣なぞる指先に、彼の人の玉脣を想う
暫く水に浸し、水気を丁寧に拭った智の手に、和也は指で優しく膏薬を塗り拡げた。
「これで大丈夫だろ…」
「ありがとうございます」
膏薬を塗った手に、そっと息を吹きかけながら、和也は自分を見る雅紀の蔑むような目を思い出していた。
「幻滅…したかい?」
「何が…ですか?」
ぽつり言った言葉に、智は小首を傾げた。
「だからさ…、陰間だって…」
言われて、智ははっとすると同時に、傾げたままの首を横に振った。
「仕方なかったのでしょ?」
「まあ…ね…」
ろくに食べ物も与えて貰えず、常に生と死の間を生きるような暮らしをしていた幼い和也が、その日を生きて行くためには、自分の身を売ることしか出来なかった。
仕方がない…、そう言ってしまえばそれまでなのだろうが、今思い返してみれば、他にも何か手立てがあったのかもしれないと、心の片隅で後悔せすにはいられない。
「私も同じですよ」
「お前さんと俺とは違うよ」
「いいえ、私だってお師匠さんに拾われなければ、今頃は…」
まるで自嘲するかのように、ぽつりぽつり語られる智の話を聞きながら和也は翔から聞かされた話を思い出していた。
「確かお前さんは夜鷹の…?」
「ええ…」
どこの馬の骨とも分からない男との間に出来た子…、それが自分なんだと、智は和也に向かって悲しげに笑いかけた。