第10章 花脣なぞる指先に、彼の人の玉脣を想う
和也は俯いてしまった智の肩に手を伸ばすが、咄嗟にその手を引っ込めた。
普段であれば、より小さく見えるその肩を抱いていただろうが、その時ばかりは何故だか躊躇われた。
「私はたまたまお師匠さんに拾われておかげで、こうして何不自由なく暮らせているけれど、そうでない人も多くいるんですよね…」
和也のように…
その目に僅かばかりの憐れみを込め、智は和也を見つめるが、和也はその目を見ようとはせず…
「そうだな、この世の中、お前さんみたいに恵まれた奴ばかりじゃないからね…」
和也は土間の上がり端にどかりと腰を下ろすと、両手を床に着き、煤で黒くなった天井を見上げた。
「ねぇ、和也?」
「ん、何だい?」
「私が何故この背に牡丹を彫ったのか、と尋ねましたよね?」
「あ、ああ、そうだったな…」
和也はそう古くもない記憶を巡らせ、小さく頷いた。
「確か…、理由は分からないと…」
「ええ、でも…」
言いかけて、智は長い睫毛に縁取られた瞼をそっと伏せた。
「もしかしたら…」
「もしかしたら…?」
「忠義…だったのかもしれませんね」
忠義…、その一言に、和也は漸く天井を見上げるのをやめ、視線を智に向けた。