第10章 花脣なぞる指先に、彼の人の玉脣を想う
一変してしまった空気に、居心地の悪さを感じたのか、雅紀は空になった籠を背に背負い、挨拶もそこそこにその場を立ち去った。
それでも、一度曇ってしまった表情は、そう簡単に元に戻る筈もなく…
「な、なあ…、鍋、噴いてるみたいだけど…」
少しでも空気を変えようと、和也はぐつぐつと煮えたぎる鍋を指差した。
「え、あ、まあ大変…」
言われて咄嗟に鍋蓋に手を伸ばした智だったご、思った以上の熱さに、「きゃっ…」と小さな悲鳴を上げ、その場に蹲った。
「火傷かい? どれ、見せてみな」
素足のまま土間に降り、智なの駆け寄った和也は、僅かに赤みを帯びた智の指に息を吹きかけ…
「大したことはなさそうどけど…、ちょっと待ってな」
和也は智に言いおき、瓶から溜めた水を桶に汲むと、智の手をそこに浸した。
「暫くこうしておけば、痕も残らないと思うけど…」
「すみません、私としたことがとんだお手間を…」
「気にすんな。それにさ、あの人の留守に、お前さんの身体に、痕でも残る怪我なんかさせようもんなら、それこそ命取りだからな…」
冗談でも言うように、細い肩を竦めて見せる和也たが、実際冗談では済まなくなることを、感の良い和也は良く知っている。