第10章 花脣なぞる指先に、彼の人の玉脣を想う
「おや、お前さんは…」
和也の声に、籠を覗き込んでいた顔を上げた雅紀は、和也の姿を見るなり、怪訝そうに眉をひそめた。
「どうしてお前が?」
「どうしても何も、翔の旦那に頼まれてね…」
「翔の兄貴に? どうしてまた…」
普段から笑顔を絶やすことのない雅紀の表情が見る見る曇り始め、ついには和也に掴みかかる勢いで前に立ちはだかり、高い位置から和也を見下ろした。
「おお怖い怖い…」
大袈裟に身震いをして見せる和也だが、その表情に怯えなど一切なく、寧ろ面白がっているようにも見える。
「なぁに、心配しなさんなって。翔の旦那とはお前さんが想像してるような関係でもないし、ましてや智となんて…考えただけで笑えるし」
言いながら和也はぷっと吹き出すが、智はというと…
「あの…、お二人はもしやお知り合いなので?」
何の話だか分からない様子で、小首を傾げている。
「知り合いも何も、この野郎はこの界隈でも有名な、陰間でその…、と、とにかく、この野郎に関わると、碌でもないことになるって言うかよぉ…」
そこまで言って雅紀はふと和也の顔を見た。
すると、これまでに見せたことのないような、何とも悲しげな表情をしている。
そして智もまた、和也同様に表情を曇らせた。