第10章 花脣なぞる指先に、彼の人の玉脣を想う
翌朝、前夜の疲れが残っていたのか、普段より少しだけ遅くに目を覚ました智は、いつもの様に井戸から水を汲み、瓶と釜に移し、釜戸に火をくべた。
真夏にはまだ僅かに遠い時期ではあるが、火の傍に立つと、自然と汗が背中を伝い…
「今日も暑くなるのかしら…」
ぽつり呟くと、首にかけた手拭いで額の汗を拭った。
その時、土間の木戸ががらりと騒々しく音を立てて開き、木戸よりも更に騒々しい声が、釜戸の熱気に蒸せる土間に響いた。
「毎度! 今日も暑いぜ」
「ええ、そのようですね…」
ついさっきした自身の予想が、予期せずして現実となったことに、智はがくりと肩を落とした。
「それで、今日は何を?」
「おう、そうだった…」
言われて思い出したのか、額を汗で濡らした雅紀は、背に背負った籠を地べたに降し、上がり端に野菜を並べた。
「まあ、なんて立派な大根なんでしょう…」
「だろ? 煮付けにしたら美味いぞ」
「そうてすね。でも…」
大根の煮付けが好物なのは翔であって、智はそれ程でもない。
「お師匠さんもお留守ですし、私一人でこんなには…」
いくら和也がいたとしても、元々食の細い二人ては、とても片付けられる大きさではない。
どうしたものかと考えあぐねているところへ、寝巻きの襟を大きくはだけ、白い肌を露わにした和也が、大欠伸をしながら土間へと降りて来た。