第10章 花脣なぞる指先に、彼の人の玉脣を想う
屋敷に戻り、軽く沸かした湯を盥(たらい)に汲んだ和也は、先に下帯一つの姿になった智の手を引き、肩から湯をかけ流した。
「どうだい、気持ち良いかい?」
「ええ、とても…」
夏の暑い盛りにはまだ少々時期は早いが、それでも身体にはしっとりと汗が浮かんでおり、それを湯でかけ流すと、やはり心地良く…
「和也もどうぞ?」
「そうだな、二人で入った方が一片に済むし、面倒もないか…」
和也はその場で着物を脱ぐと、智と同様下帯姿になり、盥に足を入れた。
「やっぱり窮屈だな…」
小柄な二人ではあるし、盥だって大きめの物ではあるが、やはり二人でとなると少々の手狭さは感じざるを得ない。
「ほら、背中流してやるよ」
「ええ…」
智は盥の中で身体の向きを変え、和也に背を向けた。
「なあ、前から聞きたかったんだが、お前さんのこの背中の紋々は、あの人が…?」
「ええ…」
「何でこんなもんを?」
白い背に大輪の花を咲かせる牡丹を指でなぞり、和也は智には見えないよう怪訝な表情を浮かべた。
「さあ、どうしてでしょう…、自らお願いした私にも分かりません」
「そう…か…」
それきり和也は牡丹には触れることなく、自身も頭から湯を浴びると、先に盥から出て、手拭いで身体の水気を拭き取った。