第10章 花脣なぞる指先に、彼の人の玉脣を想う
一頻り笑って、漸く息を整えた和也は、提灯を持たない方の手で智の手を握った。
「帰るか…」
「ええ…」
すっかり宵も更け、暗くなった夜道を二人手を繋いで歩く最中、和也は考えていた。
自身が初めて接吻した時のことをずっと…
あれはそうだ、まだ十になるかならないかの頃だったっけ…
親父の酒代のために、初めて見ず知らずの男に身を任せた時だ。
あの時は、ただただ虫唾が走る程の気持ち悪さしかなかったっけな…
もしこんな身の上に産まれてなけりゃ、今の智みたいに、愛らしく振る舞えただろうに…
幼い頃より、身を売ることを生業として来た和也にとって、接吻一つで恥じらう智の初心な姿は、少しぱかり羨ましくもあった。
「どうかしましたか?」
さっきまでの笑い顔から一転、暗い顔をする和也を、智は少しだけ下の方から覗き込んだ。
「いわ、なんでもないよ。そんなことより、祭りはどうだった? 楽しかったかい?」
「ええ、とっても。あ、でも…」
「どうした?」
「金魚が…」
屋敷に持ち帰れば、翔に怪しまれるかもしれないからと、泣く泣く諦めた金魚のことを想い、智は小さな溜息を一つ落とした。
「仕方ねぇよ。それにさ、祭りで売られてる金魚なんて、明日になった等全部死んじまってるだろうからさ…」
和也自身、それで悲しい思いをしたことがあったのを、今更ながらに思い出していた。