第10章 花脣なぞる指先に、彼の人の玉脣を想う
屋敷へと戻る道すがら、智は何度も自身の唇を指でなぞった。
その様子に、並んで歩いていた和也がふと足を止め、隣を歩く智を振り返った。
「なんだい、さっきから…」
「何が…です?」
「いやね、随分と気になってるみたいだからさ…、唇が」
言われて智は、はっとした様子で和也から顔を背け、胸元で組んだ指をもじもじとさせた。
「わ、私は何も…。それに接吻など…」
言ってしまってから、途端に顔を熱くする智に、和也はにやりと口元を上げると、提灯の灯りで智の顔を照らした。
「へぇ…、接吻ねぇ…。智も中々隅に置けないねぇ…」
「わ、わ、私は何も…」
「でもしたんだろ、接吻」
和也に詰め寄られ、智はこくりと頷く。
すると和也は、夜分遅くにも関わらず、声を立てて笑いだし…
「い、いけません、こんな時分にそのような大きな声で…」
慌てた智が止めるが、それでも和也は笑いを堪えようとはせず、ついには腹を抱えて笑い始め…
「ああ、どうしましょう…」
困り果てた智は、赤くなった顔を両手で覆い、おろおろとしながらも、辺りを見回した。
幸いにも、辺りに人の姿は無い。
「いやいや、すまねぇ…。あんたの顔が、まるで茹でた蛸みたいで、おかしくてつい…、くくく…」
「ま、まあ、酷い…」
どうしても笑いを堪えることの出来ない和也に、智はぷいとばかりに背を向けた。