第9章 余香に彼の人想い、流れる涙
灯りも消え、すっかり暗くなった石階段を、足を踏み外さないよう、慎重に…でも足早に駆け下りる和也。
そうして一番下まで降りると、 辺りに人気が無いことを確かめてから「おい」と声を掛けた。
すると、生い茂る木々の間から、潤にしっかりと手を引かれ、俯き加減でこちらへと向かって来る智の姿が、ぽんやりと浮かんだ。
「そろそろ戻らないと」
「まあ、もうそんな刻限で?」
余程時の経つのが早く感じたんだろう、智は驚きの声を上げたが、くるりと辺りを見回した後、納得したかのように潤の手を解いた。
「ではまた…」
名残惜しそうに潤を見上げ、そして指で摘んだ袂を目尻にそっと当てると、踵を返した智は、今度は和也の手を取った。
そして振り返ることなくゆっくりと歩を進め始めた。
その時…
「智…っ」
じゃり…と音を立てながら潤が智に駆け寄り、まるで和也の手から奪うようにして智を引き寄せた。
「ああ…、いけません…」
「少しだけ…。ほんのちょっとで良いから…」
潤は智を胸に抱き、男の割には華奢な肩口に顔を埋めた。
「このようなことをされたら、私…」
戸惑いの言葉を口にしながら、それでも潤の腕を解くことも、突き放すことも出来ない智は、きらりと光る雫で頬を濡らし、ただただ月を見上げた。
『余香に彼の人想い、流れる涙』ー完ー