第9章 余香に彼の人想い、流れる涙
これまでの長い付き合いの中で、潤の口から惚れた腫れたなどと言う言葉を、ただの一度だって聞いたことのないのだから、初めての感情に戸惑うのも無理はないと、和也は潤の背中にそっと手を宛て…
「気持ちは分からんでもないが、普段通りのお前で良いんじゃないかい?」
諭すような口調で言った。
「普段通りのおいら…か…」
「ああ、そうだ。今更何を繕う必要があるか、ってんだよ」
「そう…だな…」
漸く決心が付いたのか、潤は自身に言い聞かせるかのように頷くと、「行ってくる」と和也の肩をぽんと叩いた。
「おお、その意気だ。早く行ってやんな」
「おうっ!」
意気揚々と階段を駆け下りて行く背中を見ながら、和也はやれやれとばかりにひとつ背伸びをすると、石灯篭の基礎の部分に腰を下ろした。
「さて、と…」
和也は懐に手を入れると、翔の文机の引き出しからこっそり持ち出し、忍ばせていた煙管を取り出し口に咥えた。
慣れた仕草で煙を吸い込み、またそれを吐き出し…を何度か繰り返しては、その度に木々の隙間から垣間見える月に目を細めた。
暫くの間そうしていると、灯っいた提灯や灯篭のの火が消え、辺りは一変真っ暗闇となり、和也はゆっくりとした動きで、すっかり重たくなってしまった腰を上げた。