第9章 余香に彼の人想い、流れる涙
潤と交わした約束の刻限を僅かに過ぎ、漸く大鳥居を前にした頃には、社殿に向かう参道は普段にも増して着飾った人々で賑わっていて…
「まあ…、こんなに人出が…」
天神祭など滅多に足を運んだことのない智は、思いの外の賑わい様に目を丸くした。
それでも鳥居を潜る際には、擦れ違う人々の誰よりも丁寧で、且つ恭しく一礼を捧げた。
その姿は、ここぞとばかりに着飾った娘達ですら叶わね程に美しく、智に対して一切の下心も持ち合わせていない和也でさえ、思わず見蕩れてしまう。
これじゃ、色恋には滅法疎い潤が惚れるのも無理はないか…
「どうかしました?」
「ん、いや、なんでもねぇよ。それより、お前さん、団子は好きかい?」
「お団子? お団子屋さんが?」
「ああ、あるぜ」
好物の団子の店が出ていると聞くや否や、まるで子供のようにはしゃぎ出した智の手を、和也はきゅっと握ると、「あっちだ」と参道の奥を指さした。
ついさっきまで、簪のことばかり気にかけ、何度も止まっていた智の足は、和也の歩幅に合わせるかのように小走りになり…
「あったぜ」
「ええ」
漸く見えて来た団子の暖簾に、自然と智の顔にも笑みが浮かぶ。
たた、店の前には人の列が出来ていて…
「買ってきてやるから、お前さんはここで待ってな」
和也は智を縁台に座らせると、一人列に並んだ。