第9章 余香に彼の人想い、流れる涙
和也は潤に、訳あって翔の元に身を寄せていること、そして智が毎夜誰かを想って涙していることを、所々端折りながらではあったが、話して聞かせた。
智の想い人が潤であることをあえて伏せたのは、潤の気持ちを確かめるためでもあった。
和也の思惑は見事命中…
「あの子が…毎夜…?」
一人涙する智を想ってか、いても立っても居られなくなったのだろう、潤は自身の親指の爪をぎりっと噛んだ。
その様子に、和也はくすりと笑って肩を竦めた。
「な、なんでぃ、何がおかしい…」
「いや、何でも? たださ、もどかしいなぁ…と思ってね」
和也がそう思うのは無理もない。
智と潤…、二人は互いに想っていながら、その気持ちを胸の奥に秘めることしかしないのだから。
ただ、潤には昌弘が、そして智には翔が…足枷となっていることも、また和也は承知している。
その上で和也は潤に問うた。
「あの子に会いたくないのかい?」と。
「そ、そりゃ…、会いてぇよ。会いてぇけど、でもよぉ…」
父昌弘が、どれ程衆道(男色の意)を忌み嫌っているかを知っている潤には、智に会う術を考えることはおろか、胸に秘めた想いを口にすることすら憚れるような気がして…
潤は爪が食い込む程に強く拳を握った。