第9章 余香に彼の人想い、流れる涙
出しなに声をかけられた潤は、一瞬戸惑いの表情を浮かべた後、辺りを気にしながら和也の手を引き、長屋の丁度裏手にある掘割へと場所を移した。
「すまねぇな、父ちゃんに知れると色々厄介でよ…」
「かまわねぇよ」
昌弘が陰間仕事で身を立てる和也を良く思っていないことを、和也自身も良く知っている。
だからこそ、何も言わず、半ば無理矢理に手を引かれても、和也は黙って潤の後を追い、人目につかぬよう、身を縮こませた。
「で、話ってなんでぃ」
「ん? ああ…、別に大したことはないんだけどさ…」
大したことは無いと言いながら、物言いたげな表情をする和也を、潤は和也の目の高さまで腰を屈めて覗き込んだ。
その時潤の鼻先を、覚えのある匂いが掠めた。
この匂い…
どこかで嗅いだことがあるような…
ただ、記憶にはあるものの、それがどこだったのかまでは思い出せず、潤は内心首を傾げたが、それを和也に問うことはせず…
「何か話があって来たんだろ? 言って見ろよ」
たまにしか長屋にも戻らない和也が、突然訪ねて来た理由を問いただした。
すると和也は軽く苦笑してから…
「実はな…」と、和也にしては珍しく、ゆっくりとした口調で話し始めた。