第8章 月見上げ、恋い慕う彼の人想う夜
「なあ、あんたも悶々彫ったりするのかい?」
突然聞かれて、智は静かに首を横に振った。
「私はまだ見習いですから。それに…」
言いかけて、智は自身の両手に視線を落とした。
「どうしてだか、この頃は全く絵図も浮かばなくて…」
ぽつりぽつりと言葉を繋いで行く智の横で、和也が冷たい板の上に仰向けになる。
「ふーん…、じゃあ彫り師になるのは辞めちまうのかい?」
「い、いえ、そういうわけでは…」
実際、筆を一切握らなくなった今でも、智は翔のような立派な彫り師になることを諦めたことは、ただの一度だってない。
寧ろ、翔に対しての憧れは強くなる一方だし、その分焦燥感だって感じている。
「じゃあさ、いつかあんたがその気になったらで良いから、俺の背中にも彫ってくれよ」
「私が…ですか?」
とんでもないことを言い出す和也に、智の目が真ん丸に見開かれる。
「俺ね、聞いたことがあってさ…。翔さんとこのお弟子さんは、中々良い絵を描く、ってね」
「まあ…、そんなお話をどこで?」
町で噂にでもなっていれば、当然翔の口から伝え聞くこともあるだろうが、智の耳には一切そんな話は入って来ていない。
それもその筈、和也が智に絵の才があるのを知ったのは、幼馴染でもある潤の口からなのだから。