第8章 月見上げ、恋い慕う彼の人想う夜
和也に手を引かれ屋敷に戻った智は、文机の前に脱いだままの格好になっていた翔の半纏を手に取り、僅かに残る温もりを求めるかのように、そっと頬を埋めた。
「あんた、あの人に惚れてんだな」
智の様子を、火鉢に冷えた手を翳しながら見ていた和也が言う。
すると智は、心底驚いた顔をして、それから小首を傾げた。
「惚れてる…とは、どのような…?」
「何て言うか…、好いてるって…って言った方が、あんたみたいなおぼこには分かり易いか…」
「まあ…、酷い…」
決して揶揄ったつもりではなかったが、智は頬を膨らし、ぷいと他所を向いてしまう。
そして翔の半纏を衣紋にかけると、小さな溜息を一つ落とした。
「お師匠さんは私にとって、師であり、お父っさんでもあって…。だから惚れるだなんて…」
「ふーん…。でも情は交わしてんだろ? 見てりゃ分かる」
「それ…は…」
智は一気に熱を帯びた顔を両手で覆い、今度こそ和也に背を向けてしまう。
袂を掴む指をもじもじとさせ、俯いてしまった智に、和也はくすりと笑う。
「可愛いな、あんた。こりゃ一人で放っておけなくなる気も分かるような気がするよ」
言いながら和也はその場に大の字に寝転がると、縁側から見える景色と、鳥籠の中で愛らしく囀るおすずの姿に、そっと目を細めた。