第8章 月見上げ、恋い慕う彼の人想う夜
「行って来る」
支度を整え、門まで出て見送る智に、翔が言い、智の柔らかな頬に口付ける。
「まあ…、人目のある場でこのようなこと…」
突然のことにはにかみ、辺りをきょろきょろと見回す智の頬は、熟れた唇よりも赤く…
翔は智の耳元に口を寄せると、「本当は唇が良かったがな」と、頬と同じくらいに赤い耳に囁きかけた。
「そ、それは…」
あまりの智の照れ様に、翔は声を上げて笑い、赤くなった智の頬をするりと撫でた。
「戻ってからの楽しみにしておくよ」
今生の別れでもあるまいし、楽しみは後に残しておく方が良い。
「では和也、智を頼んだぞ」
「はいはい、任せときなさいって」
「あ、後、あまり智に悪い遊びを教えんように…」
「分かったからさ、早くお行きよ。早籠が行ってしまいますよ?」
和也に急かされ、翔は名残惜しさを感じながら智から離れた。
そして、脇に抱えていた傘を被ると、普段滅多なことでは着ることの無い、黒字に紋の入った羽織の裾を翻し、寂しげに自分を見つめる智に背を向けた。
智は翔の背中が見えなくなるまで、寒空の下で手を振り続けた。
和也に「風邪引くよ」と言われるまでずっと…