第2章 艶やかなる牡丹の如く
泣きじゃくる赤ん坊を背に、人だかりを掻き分けて行くと、数人の岡っ引きが、丁度戸板に乗せた土左衛門を大八車に載せているところだった。
見たところ、歳の頃は二十前後の、夜鷹風情の女人のようだった。
余りに無惨な様子に、翔は一瞬目を逸らしたが、翌々目を凝らして見ると、だらりとした手に何か…布切れのような物を握っているのが見えて…
もしやこの女人が…?
思った瞬間、それまで火が着いたように泣いていた赤ん坊が、不思議なことにぴたりと泣き止んだ。
こんなに幼いと言うのに、この子は…
ああ、なんと哀れな…
家に戻った翔は、軒先に吊るしてあった赤ん坊の産着を取り込み、薪をくべた窯に投げ入れた。
一気に燃え上がり、瞬く間に形を無くして行く産着を見つめながら翔は思った。
父親には到底なれない。
だが、お前を守ってやることくらいは出来る。
この手で…、この命をかけてお前を…
大袈裟にもとれる決意を固めた翔はその晩、何事も無かったかのように静かな寝息を立てる赤ん坊に、それまで無かった名を付けることにした。
「智」と…
それからというもの、翔は彫り師としての仕事に一層精を出し、可能な限りの愛情を智に注いだ。
そして、智は翔の愛情に応えるかのように、それはそれは美しい青年へと成長した。