第2章 艶やかなる牡丹の如く
翔が〝倅〟と言ったのは、満更嘘でも無かった。
ある雨の日、家の軒下で泣いていた、産まれてまだ幾日も経たない赤ん坊を見つけた翔は、直ぐ様冷えた身体を湯に浸からせ、自身の綿入れを着せ暖めた。
そのうち、我が子恋しさに迎えに来るだろう…
願いも込めて、軒先には赤ん坊が身に付けていた産着を、目印にと吊るしておいた。
ところが、数日経っても赤ん坊の母御は現れず…
その間も翔は赤ん坊が泣けば、乳の代わりに米の研ぎ汁を飲ませた、隣近所に赤ん坊が産まれれば、乳を吸わせて貰いに出向いたりと、手探りながらも赤ん坊の世話に励んだ。
一日に何度も、お湿代わりにした手拭いを盥(たらい)で洗うことだってあった。
そうして過ごすうち、翔の中で赤ん坊に対する情のような物が芽生え始めたが、「あくまでこの子は他人の子」と強く自分に言い聞かせ続け、いつかは迎えが来るだろうと信じて疑わなかった。
…が、ある日…
いつものように米の研ぎ汁を飲ませても、濡れたお湿を変えても、一向に泣き止まない赤ん坊に痺れを切らした翔は、背中に赤ん坊をおぶって川原沿いを歩いていた時、向う岸に人だかりが見え…
野次馬はしない性分の翔だが、その日は何故か勝手に足が向う岸へと向かっていた。