第7章 猜疑と当惑に揺れる心
鏡越しに視線を合わせたまま、翔は智の長い髪を櫛で梳いて行き、最後に束ねた髪を緩く結わえてやると、鏡の中の智が突然くすくすと笑いだした。
「どうした、急に…」
「だってお師匠さんのお顔ったら…」
言われて鏡を覗き込んでみるが、どこも普段とは変わりはなく…
「何も付いてはおらんが…」
ひょっとして米粒でも…と思ったが、どこにもそんな物は見当たらない。
「違いますよ。お師匠さんのお顔が、あまりにも赤くて、つい…」
そう言って智がまた肩を揺らす。
「まったくお前と言う子は、大人を揶揄うものではない」
「だって茹でた蛸のようなんですもの」
言うに事欠いて、茹でた蛸とは…
翔はがくりと肩を落とすと、智の白い項にそっと口付けた。
すると、それまでころころと笑っていた智の身体が跳ね、みるみる頬が朱に染まった。
「これで同じだな」
「まあ、酷い…」
智は鏡に映る自分の赤い顔を、白い両手で隠し、いやいやをするように頭を振った。
「お師匠さんの意地悪」と。
「さあ、もう遅い。そろそろ休みなさい」
一頻り二人で笑い合い、漸く智の笑いが落ち着いた頃、翔が智を寝間へと促した。
ところが智はその場から動こうとはせず…
「お師匠さん…は?」
翔の袂をくいっと引っ張った。