第2章 艶やかなる牡丹の如く
「仕事柄〝師匠〟なんて呼ばせてるが、生憎この子は私の倅(せがれ)でして。なので、それ以上の無体は勘弁願えないかい」
務めて穏やかに話す翔の眼光は変わらず鋭いままで、男は即座に智を解放すると、傍らに置いてあった着物を乱暴に引っ掴み、ずかずかと土間へと降りた。
その後を智も急いで追うが、
「智、塩でも撒いておきなさい」
翔に言われて、土間に降りるすんでのところで足を止めた。
「良いんですか? まだ途中なんでは?」
「構わんよ。どうせあとは経過を見るだけだし…」
料金はしっかり先に頂戴しているし、そもそも、彫り師としての翔の腕前は、ちょっとした評判になる程の物なのだから、客の一人や二人減ろうが、翔にとっては何の痛手でもない。
「それより智…」
「何です?」
「こっちへ来て肩でも揉んではくれないかい?」
言われて、智はやれやれといった風に肩を竦めると、縁側に座って小さな庭を眺める翔の後ろに回り、両肩に手をかけた。
「それにしても驚きました」
「何がだ?」
「だって、私はいつからお師匠さんの倅になったのですか?」
「そ、それはだ、ああでも言わないと…だな」
鼻息を荒くし反論する翔に、智は肩を揉みながらくすくすと肩を揺らした。
後ろから見る翔の耳が、怒りなのか、はたまた羞恥なのか、次第に赤くなって行くのを、智は可笑しくてたまらなかった。