第7章 猜疑と当惑に揺れる心
あの晩、何故ずぶ濡れになって帰って来たのか…、そして未だに時折思い出したように見せる涙の理由を翔が知ったのは、それから何日か経ってからのことだった。
筋を彫ったきり、何の音沙汰もない潤のことが気になった翔が、何気なく言った一言に、縁側でおすずと戯れていた智は、「もう来ませんよ」と表情一つ変えることなく言い放った。
翔は当然のようにその理由を尋ねたが、智がそれに答えることはとうとうなく…
不審に思った翔は、買い付けに出るついでに、昌弘と潤の住む長屋へと立ち寄った。
ところが二人共仕事に出ていたようで…
あまり長く智を一人にはしておけないし…
さて、どうしたものか…
途方に暮れつつも、出直すことを決めた翔は、書き置きだけを残し、その場を立ち去ろうと踵を返した。
その時…
「あんた、彫師の翔さんだろ?」
突然声をかけられ、翔は踏み出しかけた足を止めた。
「何の用だ?」
歳の頃は智と同じくらいだろうか、見るからに女物の着物をだらしなく着付け、肩まで伸ばした髪を指に巻き付けている。
智とはまた違った…妖艶さを纏った美しさを持つその少年は、明らかな陰間風情にも見え…
翔は返事を聞くまでもなく立ち去ろうとしたが、一瞬考えた後、その場に踏み止まることにした。