第7章 猜疑と当惑に揺れる心
「さあ、好きなように描いてご覧?」
まるで幼子に語りかけるように耳元で言うと、一旦は筆先を墨に浸したものの、そこから先に筆が動くことは一向になく…
「どうした?」
見兼ねた翔が問いかけるが、智は首を横に振るばかりで、ついには筆先が手から滑り落ちてしまった。
「一体どうしてしまったというのだ」
一度筆を握れば、寝食すら忘れて没頭していた子が、今ではどうだ…
まるで絵を描くことすら忘れてしまったようではないか…
一体何がお前をこのようにしたのか…
翔は自然に溢れ出た涙を脱ぐうこともせず、智を胸に掻き抱くと、悔しさからなのか何なのか、智の細い肩に顔を埋めて泣いた。
すると、墨で汚れた智の手がゆっくりと動き…
智よりもうんと大きく広い背中を、そっと撫で始めた。
「…めなさい…」
翔の耳に聞こえたのは、耳を澄ませなければ聞き取れないようなか細い声で…
「今、何て…」
驚き、咄嗟に涙を拭った翔は、智の口元に耳を寄せた。
もう一度…
もう一度聞かせて欲しい…
強く願う翔の耳元で、智の唇が微かに動き…
「ごめ…なさ…い…。私は… 」
聞こえたのは、一心に詫びる智の震える声だった。