第7章 猜疑と当惑に揺れる心
すぶ濡れの智を上がり端に座らせ、湯を張った盥(たらい)に足を浸け、足に着いた泥を落としてやる。
「一体こんな時間まで何を?」
諌めるでもなく、優しく問いかけてみるが、智は翔の声に反応するどころか、視線は宙をさまよったまま、どうにも焦点が合っていないようで…
「さと…し…?」
もう一度声をかけ、湯に浸した手拭いで頬を拭いてやると、それまで何も映していなかった智の目から、途端に大粒の涙が溢れ出した。
翔はわけも分からないまま、智の濡れた髪を拭い、水気を含んでずっしりと重くなった着物を脱がせた。
自分では手を動かすことも、足を動かすこともしない智に、翔は寝間着を着せ付け、白湯を注いだ湯呑みを口元まで運んだ。
ところが智はただ泣きじゃくるばかりで、湯呑みに口を着けることすら出来ず…
「一体何があった?」
翔は智を抱き寄せ、智の涙が止まるまで、ずっと背中を摩り続けた。
そうするうち、泣き疲れたのか智は眠り、翔は眠った智を床に横たえ、自身は濡れた着物を片付けるため、再び土間へと下りた。
智の身に何があったのか…
そして夜半を過ぎるまで、どこで何をしていたのか…
聞きたいことは山程あったが、漸く眠りについた智を起こしてまで問いただす気にはなれず…
翔は洗濯用の盥に湯を張り、着物に着いた泥を揉み洗い、落とした。