第7章 猜疑と当惑に揺れる心
夜半を過ぎ、まんじりともせず智の帰りを待っていた翔は、ふと縁側から板間へと避難させた鳥籠に目を向けた。
籠の中では、おすずがまるで餌はまだかと言ったよあいに囀っており、翔は徐に腰を上げると、粟の実を水で浸し、鳥籠の中にそっと入れた。
「なあおすず、お前は智から何か聞いてはいないのか?」
おすず二尋ねてみたところで、所詮は雀…
答えなど返って来る筈がないと頭では分かりながら、それでも話しかけずにはいられない自身を、翔は嘲るかのように笑った。
その時、ともすれば雨音に掻き消されてしまいそうな、小さな物音がしたのを、翔の耳は聞き逃さなかった。
おすずが驚いて飛び上がる勢いで立ち上がると、どたどたと足を鳴らして土間へと駆け下りた。
木戸を開けると、途端に雨が降りつけて来て翔の視界を遮るが、それにも構わず翔は外へと飛び出した。
「智がっ…!」
門の前に立つ黒い人影に向かい、可能な限り大きな声で呼びかけるが、強い雨音には敵わないのか、返って来る反応はない。
「智…!」
それでも翔は名前を呼び続け、黒く見えていた人影が智だと分かるやいなや、その腕の中に抱きとめた。
「さあ、早く中へ…」
すっかり冷たくなった手を引き促すが、智はぴくりとも動こうとはせず…
翔は「ちっ…」と舌打ちを一つすると、智の腰を抱き、強引に家の中へと引き込んだ。