第2章 ホットミルク
撮影は順調に進んだが、3日目、私は少し長めのセリフがあるシーンでNGを連発してしまい、ガラにもなく落ち込んだ。
共演するベテラン女優☆☆さんとのシーンだった事もあり、焦ってしまい、余計に緊張してしまった。最終的にOKはもらえ、☆☆さんも怒りはせず、むしろ「ドンマイ」的な感じだったが、それは私の心を軽くはしなかった。
「はぁ…」
ベッドで何十回目かの寝返りを打つ。明日の撮影を思うと眠らなければならないのは分かるが、一向に眠気はやって来ない。
ハーブティーでも飲もう。私は起き上がり、部屋のドアを開けた。
「え?」
部屋の前、つまり廊下には1組の布団が敷かれ、そこでは坂田さんが、さも当然かのように寝転がってジャンプを読んでいた。
「んー、ちゃんどったの?あ、まさか銀さんに夜這いかけに来たの?今ちょっと良い所だから、ちょっと待っててもらえる」
「…な、なんでこんな所に寝ているんですか!?」
「だって俺、ボディーガードでしょ。ケ◯ン・コ◯ナーでしょ。そばにいねーと意味ねーじゃん」
「まさか昨日も一昨日もここで寝ていたんですか?」
「そーだよ。って言っても眠り込んじゃダメだから、ジャンプ読んだりしてたわけよ。おかげで寝不足でお肌ボロボロよ。なんてな。ちゃん、眠れねーの?」
「…はい。ハーブティーでも入れようと思って」
「お!じゃー銀さん特性ドリンク作ってやろうじゃねーの」
言うが早いがキッチンへ連れて行かれる。
何だかこの人は調子が狂う。他人との距離の取り方が少しズレている気がする。
けれど、嫌な気はしなかった。
キッチンへ行くと、坂田さんはハーブティーを入れようとする私を制し、何か勝手に作り始めた。
出されたのは、甘い匂いのするホットミルクだった。
「飲んでみー」
自分でもカップをすする坂田さんに続き、口に入れる。ほんのり甘く、バニラの香りがするホットミルクは、すとんと体に落ちていった。
「…美味しい」
そう言うと、坂田さんはニヤッと笑った。
「だろー。俺もガキの頃、眠れねー時に作ってもらったんだ」
「お母さんにですか?」
何となく聞いたら、坂田さんは笑顔のまま首を振った。
「いや、俺には両親はいねー。作ってくれたのは、まぁ、恩師だな」
「…そう、なんですか」
聞いちゃいけない事だったかな。
私は少し気まずくなって、ミルクを飲む事に集中した。