第4章 枕
当初の予定どおり?坂田さんの腕枕に頭を乗せてみる。
「硬い」
「そりゃーそうでしょ、侍の腕がプニプニしてたら嫌でしょ」
「そうですけど。あ、そうだ、今日、どうしてあの刀使わなかったんですか?」
何となく聞いたら、坂田さんはふと真顔になりつぶやいた。
「あの刀で戦う価値は無いと思ったから」
あ、まただ。
ホットミルクを飲みながら、恩師の話をした時と同じ目をしている。
つんぽからは、「攘夷戦争に関わった事がある」とだけ聞いているが、きっと、映画よりもずっと壮大な過去があるんだろう。
私は少し切なくなって、もう一度坂田さんの髪を撫でた。
「何?ちゃん銀さんの髪気に入ったの?いつも腐れ天パ言われてるからさ、髪も喜んでるよ」
「何ですかそれ」
いつものヘラリとした笑顔に安心して、私はそっと目を閉じた。
いつの間にか訪れた微睡みの中で、優しく髪を撫でられた気がした。
朝、目を覚ますと、既に坂田さんの姿は無かった。
ドアを開けても、そこに布団は無く、ガランとしていた。
確かに撮影はもう終わるし、ストーカーはやっつけたし、あの人の役目はもう終わったのだ。
私は部屋に戻り、身仕度の為、クシを手に取り、思わず手を止めた。
クシャクシャになった髪を鼻に付けると、僅かに甘い香りが残っている気がして、私はしばらく、そのまま髪ごと、甘い残り香を抱き締めていた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「春の夜の 夢ばかりなる 手枕(たまくら)に かひなく立たむ 名こそ惜しけれ」
『短い春の夜の、夢のようにはかない、たわむれの手枕のせいで 、つまらない浮き名が立ったりしたら、口惜しいではありませんか/周防内侍/百人一首』
※二条院で人々が夜通しおしゃべりしていた周防内侍が、眠かったのか何かに寄りかかって 「枕がほしいものです」とつぶやいたところ、大納言、藤原忠家(ただいえ)が、「これを枕にどうぞ」と言って自分の 腕を御簾の下から差し入れた。
これに対して周防内侍が返した歌です。
「朝寝髪 我は梳けづらじ(けずらじ) 愛くしき (うつくしき)君が手枕たまくら ふれてしものを」
『朝の乱れ髪を櫛くしでといたりしません。だって、いとしい人の手枕が触れた黒髪ですもの/詠み人知らず/万葉集』