第2章 オフ中。
ビチャビチャと跳ねたジュースが、服にまで飛んでいた。
普通のスウェットでよかった‥‥
「あー、おしぼり乾いてるし‥‥」
なにこれ、パッサパサ。
おしぼり交換係とか作った方がいいんじゃないだろうか。気づいた人がやるシステム、そろそろ変えた方がいいと思う。
バイトへの文句を垂れながら、乾ききったおしぼりで拭く。
あーあー、床にまで‥‥最悪だ‥‥
しゃがみこんで床を拭き始めたその時──
「───あ」
「え?」
───バシャッ───
‥‥‥バシャッ?
‥‥前髪から、トロリと何かが流れてきた。
鼻孔を掠めたその柑橘系の香りは‥‥まさに、オレンジジュース。
頭皮と背筋がヒンヤリしていくのを感じた。
「‥‥冷た‥‥」
「こんなとこに置いとくんじゃねーよ‥‥チッ、大丈夫か」
うわ、なにその言い方。
あんたの不注意でしょ、これ。
ふつふつと怒りが込み上げてくる。
「先に謝るのが礼儀ってもんで───」
‥‥‥うわやべ。
私にオレンジジュースぶっかけた張本人‥‥爆豪さんだった。
よく考えれば、第一声で文句言うクソ野郎なんてこの人しかいないじゃん。
最悪。指先まで冷えていく気がした。
「‥‥お前、この前の」
「いえ、失礼しました。どうぞお気になさらず」
サッとしゃがみこむ。
すべての感情を一旦しまって、床拭きに徹した。
この人と接するときは無になるってちょっと誓った。
「‥‥オレンジ臭ェ」
「誰のせいよ」
「あ? テメェの置き場所が悪かったんだろ」
「普通当たらないように注意するでしょ? あんたこそ、目が節穴なんじゃないの?」
‥‥‥バカ。
あーーーーやっちまった。
ヒステリックな性格、直そう。
こうやって、時々自分でも驚くほど難しい言葉がスラスラ出てくる。アドレナリンが出ると、語彙力が増す。
「あ"ぁ"?」
「あーもう、忘れて。今のなし」
「は?」
「暇じゃないの。あんたといがみ合ってる暇ないの」
「‥‥チッ」
服に飛んだオレンジジュースが冷たい。
おしぼり交換してもらわないと‥‥なんて思いながら立ち上がろうとすると。
「俺が持ってく」
背中が重たくなった。
耳のすぐ横に来る人の気配。
首に当たる髪のチクチク。
床に着いた私の手の横の、大きな手。
‥‥‥あったかい背中。