第2章 彼の始まり
姿勢、よくなったな。
教室を出る葦原さんの後ろ姿がふと目に入って、僕は少し不思議な気分になった。
今年初めて同じクラスになった葦原さんは、多分僕より少し大きい背をいつも縮めて、不安そうに笑う人だった。
あまり運動は得意じゃないらしい、ふわっとやわらかい印象の彼女は、誰にでも好かれてるわけじゃないけれど、他人をほっとさせる雰囲気を感じる人だと思う。
なのにいつも、何だか不安そうに、自信なさげに、目立たないように……体を小さくして、隅の方で周りに合わせて笑っている。
どこか僕と似たような彼女と話す機会がなくて、12月になった今も、結局彼女のことを僕はほとんど知らない。
そんな彼女が、最近背筋を伸ばすようになった。
秋に競技ダンスと出会ってから、僕の生活は大きく変わった。
ただ、世間は僕のそんな大きな変化なんか関係ないとばかりに時間が過ぎていて、僕は周りから大きく乗り遅れて、ようやく今日進路希望を出せそうってところで。
ダンスにのめり込んで出遅れた分を取り戻さなくちゃって、勉強にも取りかかっている。
……頭ではそうやって考えてても、感性や感覚は全然それに追いついてない。
今だってそう、ダンスに繋がるような何かを見かけるたびに、僕の意識は持っていかれる。
例えば、葦原さんの立ち姿とか。
縮こまってた上半身をすっと伸ばした葦原さんは、それだけでずっと明るい雰囲気になった。
目元と口元を隠してた髪が、前屈みをやめた葦原さんの顔の輪郭をきれいに縁取っている。
上半身も、今までの丸まってふわっとした印象から、やわらかさはそのままにすんなりした感じだ。
たぶんトレーニングとかをしてるわけじゃなくて、単に姿勢に気をつけてるだけなんだろう。体幹が弱くて、姿勢のキープができてない。
それでも、前とは明らかに変わった、変わろうとしている、そんな気持ちが伝わってくる。
……ちょっと前の僕も、こんな感じだったのかな。
隣にいる友達より高い位置に来てる顔――以前はそんなに位置が変わらなかったのに――をほころばせながら、葦原さんが教室を出て行くのを、僕はぼんやりと見ていた。