第1章 彼女の終わり
背筋を伸ばしてみんなを見下ろすことは、怖かった。
誰かにひそひそと言われているような気がして、何度も縮こまりそうになった。
そんなとき、決まって富士田くんの姿が目に入る。
半年前には背中を丸めて歩いていた彼の立ち姿を見るたびに、少しずつ勇気をもらっていた。
背筋を伸ばしたら、笑顔も少し明るくなった気がした。
友達にも、明るくなったねって言われた。
……確実に、私も、変わっている。
富士田くん、あなたのおかげで、私は変われました。
卑屈さや不安から少しずつ抜け出せているような気がします。
あなたのことがかっこよくて、素敵だと思っていて、……
たくさんの、伝えられない言葉が胸に詰まっている。
その全てを飲み込んで、違う道に進むあなたに、たった一言を伝えたい。
「ありがとう」
今だけ、一度だけ。まっすぐ顔を上げて、視線を合わせる。
花岡さんとほとんど同じだった富士田くんの目の高さは、私ともほとんど同じ。真正面から、彼の顔を見た。
精一杯の笑顔を作る。
富士田くんは、私を見て目を見張って、
どういたしまして、と笑った。
それ以上は何も言わずに、私は歩き出す。
3ヶ月後にはここを卒業して、私たちはきっともう会うこともない。
背後でがたがたと扉が開く音がして、富士田くんが職員室へ入っていく。
ばたん、と扉が閉まる音と一緒に、私の恋は今度こそ心の奥底に消えていった。