第1章 彼女の終わり
12月。
年の瀬も迫り、学校も街もばたばたと慌ただしい雰囲気が広がっている。
こんな時は私もなんだかせわしい気分で、届け物を済ませて職員室を出た先で用もないのに小走りして、角で人とぶつかった。
「うわ」
「わっ」
幸いあちらは歩いていた上に私も大してスピードは出ていなかったため、よろけてしゃがむ程度で踏みとどまれた。
右手側に落ちた紙を、反射的に拾って相手に差し出す。
「すみません」
「あ、ううん、こちらこそ」
謝って顔を上げた先に、富士田くんがいた。
どんな顔をしたのかわからない。
変な顔はされなかったから、たぶん無表情ってくらいで収まっていたんだと思う。
富士田くんはへらりと笑って、ありがとう、と紙……進路調査票を受け取った。
「えっと……進路、決まった?」
そのまま行ってしまえばよかったのに、話しかけたのはなぜだろう。
無意識のうちに動いた口は、ほとんど話したこともないクラスメイトにしては唐突に、踏み込んだことを聞いていた。
「あ、うん。一応。葦原さんは?」
「私も、もう」
それなのに、まっすぐ返事を返してくれるばかりか、会話を続けようとしてくれる富士田くんの笑顔が、まっすぐ見られない。
目をそらした先、調査票を持つ左手の指先は、秋よりもなんだか洗練されて、輝いて見えた。
「そっか。
……あの、葦原さん、」
きゅっと、身を縮めそうになって、踏みとどまった。
「最近、姿勢良くなったよね。
すらっとして、格好よく見える」
続く、彼の言葉が、息詰まるほどうれしかったから。
あれから、少しだけ、背筋を伸ばして生活するようになった。
彼が好きな花岡さんのような立ち姿になれたらと、分不相応なあこがれをもって。
富士田くんみたいに、ダンスを始めようとは思わなかった。
受験に向けて時間もないし、富士田くんみたいに情熱をもって取り組める気もしなかった。
それでも、少しだけ、顔を上げて生きていきたいと思った。
だから、そんな私の妥協点が、姿勢の改善だった。