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背筋を伸ばして

第1章 彼女の終わり


 しばらく話して、花岡さんは富士田くんに手を振って歩き去り、富士田くんも歩き出した。
 富士田くんの足取りは軽くて、私はちょっと悩んだ後、そのまま富士田くんを追いかける。

 尾行とか追跡とかじゃない。だって、私の帰り道もそっち側だし。ただ、家に帰るだけ。
 自分に思いっきり言い訳をしてるのはわかってる。確かに帰り道はそっちだけど、どんな理由をつけたところで私が富士田くんがどこに行くのかを知りたいっていうのは明らかだ。
 それでも、自分にそんな言い訳をしないと、今まで富士田くんを避けていた自分がこんな風に富士田くんを追いかけることがとてもいやらしいことのように思えてしまって、私は帰り道、帰り道、と頭の中でぐるぐる唱えながらアスファルトを蹴った。



 富士田くんの行く道は、ほんとに私の帰り道そのままだった。
 富士田くんがこの道を通ってるなんて今まで全然知らなくて、戸惑いのゲージがじわじわ上がっていく。
 やがて、一軒のビルの前で富士田くんは足を止めて、階段を下っていく。
「あ」
 うっかり声を漏らして、ぐっと喉を引き締める。
 そのビルのこと、気にはなっていた。「小笠原ダンススタジオ」。
 何年か前に看板が出たとき、ダンスって3文字が妙に印象に残っていた。

 富士田くん、ダンスやってたんだ。
 いや、むしろ、ダンスを始めたのかな。確かに、ダンスしてる人って姿勢いいような気がするし。
 運動神経はどちらかと言わずとも鈍い私からしたら、ダンスをしてるってだけで、もうすごい人って思えてしまう。
 ……あ、でも、まだ初心者なのかな。たたら踏んでたりして……そういえば、富士田くんの下の名前、多々良、だっけ?
 ふらつく富士田くんを思い出して、ちょっとだけ笑いがこみ上げる。あ、いや、これ失礼だなぁ。

 近くにあった自販機で買った温かいココアを両手でもてあましながら、地面近くの細い窓からスタジオの中を伺う。
 ビル街の角地、ちょうど日陰になった窓からは、半地下の明るいスタジオの様子がよく見えた。
 空きの時間なのか、スタジオの中には誰もいない。ぴかぴかの床と磨かれた鏡が、誰かが来てくれるのを待っている。
 この中で、富士田くん練習してるのかな。

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