第1章 彼女の終わり
……歩き方、きれい。
大きく前へ差し出される足はリズムよく揺れて、それにつられて上半身が前へ滑っていく。
彼の周りだけ、違う風が吹いているみたいな歩き方が、目の奥から背筋を震わせる。
こんな歩き方、初めて見た。
今にも宙を滑り出しそうななめらかさに、知らず目と首が富士田くんの足先を追う。
重力を手なずけた富士田くんの足に引っ張られるように私の首から上は振り向き、でも、首から下はそれについて行けずにのそりずるりとどんくさく動く。
……自分のベタ足が、急に恥ずかしくなった。
すっと自然に胸を張って歩いて行く富士田くんの後ろ姿は、窓から差し込む秋の午後の光でくっきりと浮かび上がっている。
もう少しだけ見ていたくて、
私は初めて、富士田くんを追いかけた。
全身、目下訓練中って感じ、らしい。
渡り廊下を抜けたとたんにがくっとバランスを崩した富士田くんは、慌てた顔で姿勢を取り直してた。
階段でちょっとぐらつき、つま先を伸ばしすぎては廊下のちょっとした段差に引っかけて、それでも富士田くんはどんどん歩いて行く。
こんなに歩くのが速かったっけ?
富士田くんから目をそらしてた私には、そんなこと、わかりっこなかった。
下駄箱に着いて、靴を取り出そうと富士田くんが右を向いた。
視界に入ってしまいそうな気がして、私は慌てて壁により掛かって時計を見ている振りして気配を消す。
横目で見る富士田くんは、最上段の下駄箱から靴を取り出していた。
外からの光が富士田くんの全身に影を落として、まっすぐ一本の芯が通ったみたいな立ち姿が際立っている。
富士田くん、何があったんだろう。
こんなに劇的に一挙一動が変わるような何かが、彼にあったんだろうか。
答えの出るわけもない疑問が、頭の後ろ側に重たく積もる。雑なお団子にまとめた後ろ髪が、壁と頭にはさまれてぐしゃっとつぶれる感触がした。