第1章 彼女の終わり
背、伸びたのかな。
これまでよく見えなかった、二重のくっきりした目が、私の正面をすり抜けていく。
おでこをかすめていった視線の高さに、背筋がこそっと音を立てた。
中3で初めて同じクラスになった富士田くんは、いつもつむじが見えてる人だった。
小学校時代にむやみに伸びた私の身長は、女性の平均身長を割と大きく超えていて、だからつむじが見えちゃうような男の子は苦手だった。向かい合うと、いやでも自分の背を意識しちゃうから。
ただでさえ富士田くんは、誰と話してても視線が下の方向いてて、曖昧な笑顔で人付き合いをやり過ごしてて。
背中丸めて、目立たないようにってばっか考えてる自分の鏡写しみたいな彼のこと、できるだけ視界から外そう外そうってばっかり、……あからさまに避けてたのかもって。
それが伝わってたのかどうなのか、ともかく別に接点もないまま、春と夏が過ぎていった。
そんな富士田くんが、ここ1ヶ月くらいで、すごく目につくようになった。
中3の1年は、みんな変な意味で浮き足立っている。
公立の中学校、受験にそこまで熱心でもない人が多いうちの学校でも、競争意識と人間関係がないまぜになって、お互いの顔色を探り合いながら希望進路に向けてめいめい動き出してきてる。
私はといえば、早々に自分の身の丈の高校へ進路希望を出して、
富士田くんはといえば、いつまで経っても進路は決まらないみたい。職員室を通りかかるたび、担任の先生に呼び出されてる彼を見かける。
……別に、先生に呼び出されてるから目立ってるって訳じゃない。そんな人、彼だけじゃないし。
どうしてかな、って思ってた、その理由が、ようやく分かった気がした。
背、伸びたのかもしれない。
でもそれだけじゃなくて、姿勢がよくなったのかな、と思う。
何かを見据えている富士田くんの視線が、私の額を通り過ぎて向こうへ行ってしまうのが、すごくゆっくりに感じた。
ほんの少し、上下に揺れるだけのあごがすっと引かれていて、首の筋の浮き上がったところが陰になっている。
前は丸まってた背筋が伸びて、少し首が長くなったみたい。