第2章 彼の始まり
葦原さんの変化が気になった理由。
葦原さんの姿勢は、歩き方は、多分花岡さんの動きを模倣しようとしたものだ。
もちろん、真似できてはいない。
ムーブメントの基礎になる筋肉の付き方が、葦原さんと花岡さんではまるで違う。
表面ばかり真似ようとしたところで、動かし方も止め方も全然違うものだ。
それでも、表面だけは真似できているといえるくらい、近い動きになっていた。
いびつ、だと思う。
基礎もできていないのに、無理矢理兵藤くんたちの振り付けを踊ろうとした僕のように。
無理があって、不安感を撒き散らしていて、……だからこそ、目につく。
花岡さんや兵藤くんは、僕を見ていて、こんな気分だったんだろうか。
「フジ田くん。……何考えてる?」
「うわ!」
ぬっと視界に入り込んできた花岡さんの顔に、背筋が跳ねた。
下からのぞき込むように僕の顔を見上げる花岡さんの表情は楽しげだ。片側だけ上がった口角がいたずらっ子めいた印象を与える。
「あはは。フジ田くん、すごい顔」
「花岡さんがのぞき込んでくるからっ!……顔?」
声じゃなくて顔?
何を言われたのかよく分かっていない僕に、花岡さんはくすくす笑う。
「うん。ルンバの顔」
「ルンバの顔?」
まだラテンダンスを習ってない僕には、花岡さんの言っている意味がよく分からない。
ただ、三笠宮杯で見た花岡さんたちのルンバを思い出す。
ルンバの顔……。……!
思い出した瞬間、全身にぞくりと震えが走る。
あれは、まるで……
「恋してる顔ってことだよ」
そして、花岡さんの一言が、とどめのように僕の頭を揺さぶっていった。
* * *
桜のつぼみはまだ固そうで、寒さだってようやくゆるんできたばかり。
朝晩はまだまだ冷える今日、僕たちは中学校を卒業する。
花岡さんにあんなことを言われて以来、僕の頭の中は嵐の海みたいに荒れていた。
波をやりすごしては勉強したり、ダンスを練習したりしていたけど、集中を欠くことは一度や二度どころじゃなかった。よく受験を乗り切れたなぁ、と思う。