第2章 彼の始まり
……波の大元である葦原さんは、といえば、落ち着いたものだった。
そりゃそうだ。僕が勝手に嵐に巻き込まれているだけで、彼女は別に嵐を起こそうと思っている訳じゃない。起こしているつもりだってないだろう。
僕が彼女をどう思っていても、それは葦原さんには別に関係ないわけだし。……寂しいことに。
「葦原史」
「はい」
はっきりとした返事で、葦原さんが立ち上がる。
さらりと、少し伸びた髪を揺らして歩く彼女の動きは、3ヶ月前よりもっときれいになった。
教室で、担任の先生を待つ間。
友達と涙ながらに話す葦原さんを、僕はこっそり目で追う。
式の最後の合唱で女子の大半は泣き出していた。
葦原さんがいつから泣いていたのか、僕の席からじゃ見えなかったけれど、彼女のことだから、多分もらい泣きしたんじゃないかな。
教室の中は、式の余韻をまだ引きずっていて、鼻を啜る音やごまかしきれない涙声に混じって聞こえてくる葦原さんの鼻声を僕は聞いていた。
「高校行っても、また遊ぼうね……」
その言葉が向く先が僕だったらいいのにな、ごくごく自然に、僕はそう考えていた。
全ての日程が終わって、めいめいに校門へと歩き出す人波から外れた場所で、葦原さんが校舎を見上げている。
僕は駆け寄りたくて、たたらを踏んで、深呼吸して、歩き出す。
仙石さんと一緒に、初めてスタジオに入ったときのように、ぎこちない足取りで。
「葦原さんっ」
必死に、でも大きな声になりすぎないように呼びかけた声に、葦原さんは僕の方を振り向いて、目を瞬いた。
――そう、僕を見て。僕だけを。
踊るときのように――もしかしたら踊るときよりも、自分を押し出していく。
「富士田くん。……卒業、おめでとう」
「っ、あ、葦原さんも、おめでとう」
泣いた後の赤い目元だけじゃない、照れたような赤い目尻をごまかすように手を添える葦原さんと、おざなりにあいさつを交わす。
しっかりしろ、僕。
今日を逃したら、もうチャンスはないんだ。
「葦原さん、
……僕は、」
口を開いて、決定的な言葉を口に出しかけて、彼女を見る。
気付く。
……ああ、今は、言えない。