第7章 〖誕生記念〗溺れる微熱に、口づけの花束を / 石田三成
「すみません、家康様!呼びに来てくださったのですね、今向かいます」
「三成、調印の会合の事なんだけど」
すると、家康様は少し不機嫌そうに……
私から視線を逸らして、ぶっきらぼうに言った。
「調印の立ち会いには、俺と…それから光秀さんが今向かってくれているから、お前はすぐに安土に帰れ」
「え……?」
「俺と光秀さんが居れば、何の問題は無いから。お前は居なくていい」
「し、しかし……!」
「はぁ…少しは察してくれる?」
空から差し込む茜の光が、家康様の頬を染める。
でも……それだけではなく。
家康様は、何故か照れたように頬を染めた気がした。
「美依が待ってるんだろ?早く帰ってやりなよ」
(あ……)
そこまで言われて、その言葉の真意に気がつく。
そうか、家康様は私が誕生日なのを気にして、また美依様が待っている事を考え……
理由をつけて、私を帰そうとしてくれたのだと。
その温かい思いやりに、ようやく気がついた。
家康様らしい、優しい心遣いに……
私は満面の笑みを浮かべ、頭を下げた。
「ありがとうございます、家康様!」
「別にお前のためじゃない。美依が可哀想だと思っただけ…それに光秀さんの方が、お前より上手くやりそうだし」
「はい、光秀様は有能な方ですから!」
「……お前は本当に嫌味とか通じないよね」
本当に家康様はお優しい方だ。
それに、わざわざこちらに向かってくださる光秀様にも、後できちんとお礼をしなくては。
そんな風に思ったが、今の私はどちらかと言えば……
美依様との約束を守れる。
一緒に誕生日を過ごせると、そちらの思いが心の大半を締め、浮き足立っていた。
今頃美依様は、部屋でがっかりしているだろう。
だから、そこに突然帰ったとしたら……
大きな目をさらに大きく見開いて、驚いて、そして。
『おかえりなさい、三成君』と。
愛らしい笑みを見せてくれるに違いない。
容易くそんな想像が出来て、思わず頬が緩んだ。
ここから馬を飛ばせば、夜半には到着出来る。
ぎりぎり日付けを跨ぐ前に、美依様の顔が見たい。
そう思い、私は身支度を整えると、早々に屋敷を立ったのだった。