第32章 〖誕生記念〗蛍火、恋空に瞬け / 伊達政宗
「言っただろ、いいもんが見られるんだよ」
「こんな真夜中に?」
「夜のが絶対綺麗だからな。そうすりゃ、お前の機嫌も直るかと思って」
「別に機嫌悪くなんか…」
「口づけ禁止令なんて出してきた時点で、すでに機嫌悪いだろ?」
そう言えば、美依は口を噤んで黙り込む。
やっぱり、言い出したのには理由がありそうだな。
『恥ずかしいから』だけではない、理由が。
俺は、何とかそれを聞き出せないか…と、頭の中で考えを駆け巡らせ始めた。
と、その時。
ズリッ、ズリッ…
(ん……?)
何かが這って近づいてくるような音が、微かに聞こえてきた。
俺が立ち止まって振り返れば、その音も止まる。
だが、再度歩き始めれば…
その地面を擦って進んでいるような音は、また背後から聞こえ始めた。
「政宗、なんか変な音しない…?」
「お前にも聞こえるか。草履の音…じゃねぇな、もっとなんか這いつくばって進んでるみたいな音か?」
「え…なんか怖いよ……!」
美依は暗がりでも解るくらい、顔を青ざめて俺を見上げてくる。
なんかが俺達を追ってきているのか?
刺客…にしては、ちょっと何か変だし。
俺は美依を見据えると、繋いだ手に力を込めて、美依に問いかけた。
「お前、走れるか?」
「う、うん……」
「じゃあ走るぞ。何だか知らねぇが、巻く」
俺は美依を引っ張り、二人で一気に目的地を目指して走り始めた。
変な音の正体を突き止めるには、周りが暗すぎる。
それに美依も怖がってるから、逃げた方が手っ取り早い。
だが──……
ズリッズリッズリッ…!
その音は、俺達に合わせるように追ってくる。
なんなんだ、一体?
なんで俺達を追い掛けてくるのか。
気味が悪いったら、ありゃしない。
美依と走って走って。
そうする内に、その不気味な音が小さくなっていき…
廃墟の建物まで走ってきて、もう大丈夫だろうと立ち止まろうとした直後。
「きゃあっ!」
今度は美依が派手にすっ転んだ。
転んだ衝撃で手は離れてしまい、俺が急いでそちらを見ると…
美依が地面に倒れてしまっていて、俺はびっくりして倒れた美依を、慌てて起き上がらせた。