第32章 〖誕生記念〗蛍火、恋空に瞬け / 伊達政宗
「喧嘩じゃねぇ、ただ…口づけるなと言われてるだけだ」
「……」
「……光秀?」
「ぷっ……」
すると、光秀は吹き出したかと思ったら、さらに愉快そうに笑う。
……目尻に涙まで浮かんでるじゃねぇか。
何がそんなに可笑しい、俺にとっては一大事だ。
俺が最高潮に不機嫌に睨めば、光秀は軽く目尻を拭いて、俺を琥珀の瞳で見据えた。
「なるほど、お前がこの上ないくらい不機嫌になるわけだな」
「もう何日も我慢してる、気が狂いそうだ」
「そうだな…なら、少し入れ知恵をしてやろう」
「……入れ知恵?」
俺が首を傾げれば、光秀は俺の肩に手を起き、耳元に顔を寄せてきて…
その低く艶やかな声を俺の耳に直接注ぐ。
そして、光秀の話を聞き、俺は目を見開いた。
明日は俺の誕生日、今夜日付を跨ぐ頃に『それ』をすれば──……
もしかしたら、美依が腹を立てたのを直すかもしれない。
「どうだ、政宗?」
「確かに美依が喜びそうな話ではあるが…場所が少しだけ厄介だな。あそこ、もう誰も居ねぇんだろ?」
「確かに廃墟と化しているが、お前と一緒なら何も問題はあるまい?」
「まぁ、それは断言出来るけどな」
俺はしばし思案するように考え込み…
やっぱりやるなら今日だな、と。
速攻で結論づけ、その場から立ち上がった。
光秀の入れ知恵、という所が引っかかるが。
正直、どうしていいか解らず、藁にもすがる思いであるから…
もう、それに賭けてみるしかねぇ。
俺はその光秀の入れ知恵をすんなり聞き入れる事にした。
「ありがとな、光秀」
「行ってみるのか、政宗?」
「ああ、今夜にでもな」
「ほう、今夜」
その時、光秀の瞳の奥が妖しげに光ったような気がした。
だが、それは一瞬の事で。
いつもならそれを怪しむところだけれど、俺は特に何とも思わず、その場を後にした。
きっと、それを追求する余裕が自身になかったのだろう。
美依に触れられない、それは俺にとっては本当に大きな痛手で…
もう、我慢も限界に来ていたから。
早く愛しい女に触れられる糸口が欲しいと。
それがもう、光秀の思うつぼだったのかもしれないけどな。