第30章 〖誕生記念〗恋々路に降る星屑と煌 / 織田信長
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「あれ、信長様……?」
季節は皐月に入り、新緑も萌えるある日の夜。
お城の書庫に本を返しに行ってみると、珍しい人がそこには居た。
巻物を手に持ち、憂いにも見える表情でそれに目を落としていたその人は、私に気が付き顔を上げる。
そして、視線が絡むと…
ふっと目元を緩めて口を開いた。
「美依か、どうした?このような遅い時間に」
「三成君におすすめされた本を返しに来たんですけど…珍しいですね、信長様が書庫にいらっしゃるの」
「少し野暮用があった。もう天主に戻るがな」
信長様はくるくると巻物を元に戻すと、それを大事そうに懐に入れる。
大きくて綺麗な手だなぁ。
懐に仕舞う流れすら様になる。
そんな風に思いながら、信長様の所に歩み寄ると……
信長様は私を見つめ、ふわりと指で顎を掬ってきた。
(えっ……)
突然の動作にびっくりして、思わず顔が火照る。
そんな私を見ながら、信長様は可笑しそうに笑い、再度口を開いた。
「美依、明後日は仕事を休むように命じる」
「え、何故ですか?」
「貴様は俺と逢瀬をするからだ」
「信長様と逢瀬……?!」
「異論があるか。聞かぬがな」
(嘘っ、信長様からのお誘い…?)
その言葉に、否が応でも心臓が高鳴った。
今まで視察や何やらで信長様と出かけた事はあったのだが、それは二人きりではなかった。
逢瀬ってつまり、デートって事で。
信長様と二人きりで出掛けられるの?
嬉しすぎて、顔がにやけてしまう。
そうなれば、感情なんてモロバレで…
信長様は満足そうに微笑んだ。
「無いようだな、美依」
「あ、あの、なんでいきなり逢瀬なんて…」
「俺の誕生日だからだ」
「あっ……!」
信長様に言われ、ハッと気がつく。
明後日と言えば、五月十二日。
信長様のお誕生日の当日で。
(でも誕生日に逢瀬なんて、恋仲みたい)
それを思ったら、余計に嬉しくなった。
私と信長様は恋仲同士でもなんでもない。
私は、ただの信長様の持ち物で験担ぎで。
……でも、私は信長様が好きだけど。
この恋は、絶賛片想い中だった。
だから、余計に信長様のお誘いが嬉しかった。