第29章 〖誕生記念〗想ウ、君ノ名ハ【後編】/ 徳川家康
政宗さんの嘲笑するような言い方に、美依は口ごもってしまった。
ああもう、見てらんない。
俺は立ち上がり、美依の隣に移動すると…
政宗さんの手を掴み、美依の襟から離させた。
「美依が浮気とか…そんな器用な真似、出来ると思います?」
「やっぱりお前が付けたんだな、家康」
「……はい」
「やっぱり寝取ったんじゃねぇか」
「違いますよ、確かにキスマークはつけたけど…それ以上は何も無かった。それは本当です」
それは信じてくれ、としか言えないけど。
酔った美依を抱いてしまおうと考えて…それは無けなしの理性が踏みとどまらせた。
あの状態の美依を好きにするなんて簡単だったが……
それをしなかった。
それはもちろん自制心が働いたのもあるけど。
俺には美依は、もう汚せない。
いくら好きでも、気持ちがなければ……
そう思ったのも、確かだった。
「彼氏がいる女を抱くなんて、俺はしませんよ」
「……」
「政宗さんが思ってるような事は何も無いです」
俺がそう言うと、政宗さんはぎらりと鋭い視線を俺に向けた。
そして、顎で『隣に座れ』と俺に促すので…
俺もベッドの、政宗さんの横に座り込む。
政宗さんはまるで射抜くような視線で、俺を見据えながら…
さらに冷えきった声で、俺に問いかけた。
「キスマークをつけた理由は?」
「……」
「んな事すりゃトラブルになるって、頭いいお前なら解るだろうが」
「……っ」
反射的に美依を見れば、美依も俺に困惑したような表情を向けているのが解って。
美依だって、その理由を聞きたがっていた。
でも…病院では、俺はそれを濁した。
まだ美依に想いを寄せてる、なんて。
今さらそんな事を言ってどうなる?
周りを全て傷つける事にはなるまいか。
紗奈を傷つけ、
さらには美依にまで迷惑がかかる。
そして、政宗さんにも。
俺の昇華しきれない想いが原因で…
みんなの『今』が崩れてしまうとしたら。
「家康」
「……っ」
言えない。
そんな事は…言えない。
臆病、と言われても、
この想いは、
花を咲かせてはいけない。