第25章 〖誕生記念〗月下の蜜華に魅せられて / 石田三成
「いらっしゃい、三成君。公務、お疲れ様!」
────ふわりっ
(……あれ?)
美依様が話した途端、何か甘い香りがしたような気がして、私は少し首を傾げた。
なんだろう、柑橘類を甘く煮詰めたような…
何か酷く惹かれる、そんな甘い香り。
私が不思議がっていると、美依様まで可愛らしく首を傾げて。
私の顔を、じっと丸い瞳で見つめてくる。
「……どうしたの?」
「いえ、なんでもありません」
「それならいいんだけど…」
あ、まただ。
美依様が口を開く度に、何か丸みを帯びた甘い香りがする。
そんな匂いがする物を食べたのかなぁ。
そんな風に思いながらも、美依様に手を引かれ、私は庭先の縁側へと足を運んだ。
そこには、お酒が置いてあり……
『お月見の準備は万端だよ』と美依様が少し得意げに笑ってみせた。
「三成君のお誕生日だから、美味しいお酒を用意したんだ」
「ありがとうございます…時に美依様」
「うん?」
「何か、香りの強いものを召し上がりましたか?貴女が話す度に、とても…良い匂いがするので」
「え、そ、そうかなぁ……さっ、座って!」
(……なんだか、はぐらかされたような)
そんな気がしながらも、勧められるがままに縁側に腰掛ける。
……まぁ、いいか。
すごくいい匂いだし、悪い気分はしない。
すると、美依様は酒の乗った盆を挟んで、私の横に座り…
盃を私に渡して、徳利を傾けた。
「三成君、お誕生日おめでとう」
「ありがとうございます、美依様」
「今日は月も綺麗で良かったね」
私に酒を注ぎ、美依様が顔を上げて空を見る。
私も釣られて見上げれば……
そこには蜂蜜色をした満月が、濃紺の空にくっきりと鮮やかに輝いていた。
雲一つない。
月があまりに明るすぎて、星まで霞むくらいだ。
そんな冴え冴えとした満月の光が、縁側にも降り注ぐ。
もう虫の鳴く季節は過ぎてしまい、少し肌寒くなりつつあるけれど……
こうしてお酒で身体を温めつつ、愛しい人と月見をするのも乙なものだなぁと。
情緒なんて感じる性分ではないが、何故か不思議とそんな風に思った。