第3章 〖誕生記念〗揺れる桔梗と初染秋桜《後編》/ 明智光秀
「光、秀、さ……」
美依の唇から、掠れた声が漏れる。
頬の手を滑らせ、顎をくいっと掬うと……
その先を予想したのか、美依がこくんと息を飲んだ。
そのまま、ゆっくり顔を近づける。
さすれば、美依は唇が触れ合うと思ったか……
子どものように、瞳をぎゅっとつぶった。
(……本当にお前は、世話が焼ける)
密書には、生娘だと書かれていた。
つまり、男に抱かれた経験が無いだけでなく……
あまり、こーゆー事にも慣れていないのだろう。
ならば……焦る必要はない。
美依の気持ちがきちんと決まってからで。
俺は……お前が傷つくことは出来ないからな。
「……っ!」
俺がそのままつぶられた瞼に、そっと唇を押し当てると、美依はびっくりしたように肌を震わせ、その瞳を再度開いた。
「焦らなくていい、美依」
「え……?」
「お前の気持ちが決まるまで…俺はいつまでも待っている。だから、返事はゆっくり考えろ。色々あって動揺しているだろうし、男をそう簡単に信用するな」
「光秀さん……」
「今日はもう寝ろ。疲れただろう、横になれ」
────その時、美依が
どこか期待していたような、若干残念のような、
複雑な表情をしていたのは、見なかったことにする。
流されるな、美依。
悪い大人なんて、いっぱい居るからな?
俺だって好きな女の前では、羊の皮を被った狼と同様だ。
けれど──……
少しだけ期待したのも確かで。
お前も俺と同じ気持ちでいてくれているのではないかと。
自惚れがすぎるな、まったく。
今はまだいい。
気持ちを伝えられただけで、俺は十分だから。
『欲しいもの』を聞いてくれて、俺は嬉しかったよ。
その日、眠りについた美依を見ながら、俺は安らかな気持ちになって、美依の額に口づけを落とした。
────お前はまだ誰にも染まるな、例え俺にもな
そんな矛盾した考えが浮かんで……
俺も大概馬鹿だなと、呆れ返って夜は更けていった。
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