第21章 〖誕生記念〗愛され兎と真紅の『かれし』/ 織田信長
『そんな事言うなんて…もう、信長様なんて知りませんっ……!』
私は頭に来て、ただ悲しくて、上に覆い被さる信長様をグイッと引き剥がした。
信長様は特に抵抗も見せず…
静かに起き上がって、襟元を整えながら言った。
『話にならんな。俺には貴様が解らん』
『私だって、貴方が解りません!』
『知らんと言うならもういい』
その、全て見放したかのような冷たい言い方。
私の怒りは頂点に達してしまい、その布地を奪い取って天主を飛び出した。
疑われて、勝手に傷ついた。
疑われるような事をした私が悪いのに。
信長様が悪いと決めつけ、天主から走って、振り返りもしなかった。
でも──……
頭が冷えた今なら解る。
隠し事をされる、悲しさ。
しかも他の異性がチラつくとなれば余計。
確かに信長様の思い込みもあったけど…
私を押し倒した時の信長様は、
とても傷ついたような目をしていたんだ
「ほんっとに…私のばかばかばか!」
誰もいない天主で、自分の頭を自分のげんこつでポカポカ叩く。
あんな風に疑われるくらいなら、ハッキリ言ってしまえば良かったのだ。
『これは信長様への誕生日の贈り物です』
『びっくりさせたくて、隠していました』
そうすれば、こんなに胸が痛む事もなかった。
公務で安土を離れる信長様を快く見送れた。
私も意地になって、会いに行かなかったから…
そうすれば、こんなに寂しくなることもなかったのに。
「信長様ぁ……」
私は手に持っている、問題のその『漆黒の布地』をおもむろに広げた。
それはもう、ただの布ではなく、しっかり『夜着』と言う形になっていて…
柔らかい布地は、肌にしっくり馴染み、それがなお寂しさを募らせた。
信長様に着てほしかった。
信長様のために一生懸命選んだ反物。
貴方の夜は、私が守りますと。
そんな意味を込めて、夜着を作ることにしたのだから。
────でも、ここにあの人はいない
完成しても、着てくれる人がいない。
私が遠ざけてしまったから。
だから…帰って来ないのかな?
そんな風にすら思う。
そして、その日は来てしまった。
今日は五月十二日…信長様のお誕生日。
こんな風にすれ違ったまま、迎えるなんて思ってもいなかった。