第21章 〖誕生記念〗愛され兎と真紅の『かれし』/ 織田信長
(……今日も戻らない、か)
今は青葉の季節。
緑が萌え、暑くもなく寒くもなく…
春の名残もだんだん薄れ、初夏に差し掛かる皐月だ。
それでも、まだ夜は少し肌寒い。
時折、涼しい風が天主に吹く、今宵。
今日も私は、独り安土城の天主で、愛しい人を待ち侘びていた。
────信長様と喧嘩別れして、半月
信長様は地方の公務のために、安土を離れた。
しばらく留守にするとは聞いていたけど、その時はまさかこんな風に喧嘩別れするとは思っていなかった。
喧嘩のきっかけは、本当に些細な事で。
今考えれば、どうして信長様の言う事を聞けなかったのだろう?
天主の欄干に手を付いて、空を見上げれば…
濃紺の空に、蜂蜜色の満月が、くっきり浮かんでいた。
それを見ながら、思いを馳せる。
私は、信長様と喧嘩した時の事を、また悔やむように思い出していた。
『今帰ったぞ…美依?』
あの日の夜、私は縫い物に没頭していて…
信長様が帰ってきた、その声に気がつかなかった。
行燈の下で忙しなく手を動かす私。
信長様は返事がない事を、不思議に思ったのだろう。
無言でふわりと背中から抱き竦められて…
肩越しに手元を覗かれ、そこで私はようやく信長様に気がついたのだ。
『わぁっ、信長様!』
『随分と忙しそうだな、美依』
『こ、これはなんでもないんですっ…!』
急いで、その縫いかけのものを腕に隠した私。
これは、どうしても信長様に『今は』見られてはいけないものだった。
だから、私は必死に隠した。
でも信長様は、私の行動に疑問に思ったのか…
私を自分の方に振り向かせると、怪訝そうな表情で私の顔を見てきた。
『……何故、隠す?』
『いや、これは……』
『俺に見られてはいけないものか?』
『え、えぇと……』
『……』
『あっ……!』
信長様は問答無用で私の腕から、それを奪い取り…
そして、その布地を広げた。
柔らかな素材の漆黒の布地。
信長様はしげしげとそれを見ながら、しばし無言になり。
その紅玉のような瞳を冷ややかに私に向けながら、視線と同じく絶対零度の声色で私に尋ねてきた。