第19章 〖誕生記念〗焦がれし天色、愛しい君へ《後編》/ 徳川家康
「…それで切り裂いたの、美依の着物」
「っっ!」
「この程度で怯むと思ったなら…馬鹿だね」
「くっ…!」
「本当に殺りたかったら…こうするんだよ!」
俺は男の手にあるハサミの刃を素手で掴み、反対の手の拳で男の顎を下から思いっきり殴りつけた。
瞬時に男が白目を剥き…
バタンと派手な音を立てて、畳に大の字に転がる。
「あ……」
美依が小さく息を飲んだ声が聞こえ。
俺は素手で掴んだはさみを、そのまま畳に放り投げた。
本当に威勢だけの情けない男だな。
こんな血くらい、戦で何度も流してる。
それに…
顎に一発食らっただけで脳震盪とか。
甘く見過ぎでしょ、俺を。
「……ほんと、たわいない」
「……っ家康!」
「美依……」
美依の方に振り向くと、美依が勢いよく腕の中に飛び込んできた。
剥き出しの細い肩がふるふると震えて…
あまりの無惨な格好に、俺は堪らなくなって、美依を思いっきり抱き締めた。
「美依、大丈夫…?」
「家康、ごめっ…け、怪我まで……!」
「このくらい平気。あんたを守るためなら…痛くないよ」
「うっ、うぅっ……」
「怖かったね、もう大丈夫だから」
優しく、何度も背中をさする。
こんな風に着物を切り裂かれて、男に乱暴されそうになって…
どんなに怖かっただろう。
どれだけ助けを求めただろう。
(でも、あれ……?)
何故、美依は俺を呼んでいたんだ?
助けてもらうなら…
秀吉さんでも政宗さんでも良かった筈だ。
「美依…」
「うぅっ、家康……」
「……とりあえず、帰ろうか」
理由を聞くのは後にして、一旦身体を離す。
そして俺は自分の羽織を脱ぐと、美依の身体にふわりと纏わせた。
こんな格好は晒させたくないし。
外は雪が降っていて寒いし。
もちろん、羽織を脱いだら俺も寒いけど…
「美依、乗って」
美依に背中を向けて、乗るように促す。
美依を背負って帰れば温かい。
それに…
帰ったら、聞きたいことがある。
美依、これは俺の自惚れかな。
あんた、俺に助けて欲しかったの?