第3章 〖誕生記念〗揺れる桔梗と初染秋桜《後編》/ 明智光秀
「光秀、さんっ……」
(美依……)
大きく見開かれた瞳。
『信じられない』と、視線が物語っていた。
だが──……
これ以上先に進ませる訳にはいかない。
俺は美依の呼びかけに無視し、鋭い目付きで静馬を睨みつけた。
「紀伊國屋、静馬だな」
「あんたはこの前、市で会った……」
「美依をこの場に置いていってもらおう、湖には…絶対行かせない」
「え、なんですか、それ。俺達はただ星を見に行こうと…それを、なんであんたが邪魔をするんだ」
一人凄む俺に、静馬は『心外だ』といったように答える。
白々しい……
その端麗な顔で、困ったような表情を作って。
俺を誤魔化せると思ったら、大間違いだぞ?
俺はくすっと無機質な笑みを浮かべると…
懐に手を入れ、九兵衛から預かった例の密書を取り出した。
そして、それを開き、中に書かれている内容を、二人に聞かせるように朗々と読んでやる。
「酉の正刻、例の湖の一本松の所で引き渡す。今日の娘は安土城で針子をする、髪の長い生娘だ」
「……!!」
「目的の場所へ連れて行くまでは手篭めにはするな。娘は未通女のところに価値がある。金については先日やり取りした通りに……ああ、花押が押されているな。お前の花押と照らし合わせてみたいのだが」
密書に目を通し、その反吐が出る内容に……
改めて下衆だと思いながら、静馬を見た。
夕闇の中、静馬は目を細めたまま微動だにせず。
暫しの沈黙の後……
くっくっくっとくぐもった笑い声が響いた。
「密書があるとなっちゃ、言い訳出来ねぇな。さすが明智光秀…安土の隅々まで情報網を張り巡らせてると見た」
「え、静馬、さん……?」
「そーゆー事だから、悪いね、美依」
「どういう、事……?」
「どういう事も、そのままの意味だけど。なにお前、めんどくさい生娘だけでなく、馬鹿なの?」
声を殺し、さも可笑しそうに笑う静馬。
逆に美依は青ざめ、顔を真っ白にさせて、静馬を見上げている。
案外、あっさり尻尾を出したな。
そんな風に思っていると、美依が悲壮な顔で、悲痛な声を張り上げた。