第3章 〖誕生記念〗揺れる桔梗と初染秋桜《後編》/ 明智光秀
『光秀様、馬が用意出来ました!』
『あそこの湖には裏手から向かい、先回りして買主を押さえろ。いくら安土が物の売り買いが自由とは言え、人の売り買いは放ってはおけない』
『かしこまりました!光秀様はそのまま後を追うのですよね?』
『ああ、美依は俺が助ける』
『お気をつけて、無茶だけはなさいませんよう』
────水平線に紅い太陽が沈む
俺は馬で城下を駆け、抜けた畦道を駆け……
湖までの草っ原を、ひたすらに馬を走らせた。
まだそう先には行っていないと油断していたが、案外距離は開いてしまっていたのだと、焦りが滲む。
馬を走らせるたびに、腰に下げた鉄砲が揺れて。
俺はそれを使う事も躊躇わないと、すでに心が決まっていた。
(美依、無事でいてくれ……!)
ひたすらに、それだけを祈る。
美依を守れるのは、俺だけだと。
そして…これからずっとそうしていくのだと。
心が認めてしまえば、こんなに簡単な事だ。
美依が他の男を想って、愛らしく笑った時。
俺は心が軋み、気に食わないと思った。
でも、冷静になって考えてみれば、単純明快。
誰に相談したって、同じ答えが返ってくるはずだ。
それは、その想われた男が羨ましいと言う意味で。
────つまり『嫉妬』だ
(……居た)
前方に馬を走らせる後ろ姿を捉え、俺は目を凝らした。
早馬ほとではないが、随分速度が出ているらしい。
だが、追いつけない俺ではない。
向こうは二人、こちらは一人。
身軽さで言えば、こちらに分があるのだから。
太陽が沈みゆく、逢魔が時。
俺は前を走る馬に向かって、腹の底から声を張り上げた。
「前の馬、止まれ──……!!」
すると、それに気づいたのか、馬を走らせる後ろ姿は、ゆっくり馬を止めながらこちらに振り返った。
男が手網を握り、その男の前で、腕にすっぽり包まれるように乗っている娘。
静馬と美依。
その二人の姿を確認し、俺は二人の馬から少し距離を開けて馬を止めた。